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だから―貴方のことが好き

 だから貴方のことが好き。





 待てど暮らせどならない電話。
 どうせいつものことだと諦め半分、けれど諦めきれない心も半分。

「…って云うか、どうしてあの人はこう仕事一図なんだろう…?」
 素朴な疑問に自然と自分の眉が誰かのように顰められているのを、はっと自覚して、いやいや…それでも、だからさ…などと訳の解らない云い訳なんてのをしてみる。
 でも正直、ちょっと寂しいのだけれど。


 荷造りは万全!いつでも旅立てるよ、俺!的に、目一杯テンションを高めようと努力はしているのだけど、ならない電話はそんな意欲さえ萎えさせる。
 覚悟はしているけれど、そこはそれ、愛情の深さが邪魔するのよ―哀しい性だね。
 そんなフレーズの詩まで勝手に作って、今日も大人しく電話の前で蹲って。


 以前の自分ならば絶対に有り得ないのである。
 そんな、誰かを辛抱強く待つなんて行為。



「あぁ…もう、ダメだ…」
 萎える心はそんな独り言を吐き出させつつ、けれど動きそうもない自分の躯は何て恋人に従順なのか?
 こくりと首を傾げて、自分のことなのにまるで他人事のようにそう思ってしまうのは、これも愛情の為せる技?


 ごろり―。
 フローリングに躯を寝そべらせて、じっとその瞳はならない電話機を見詰めて。
 他人が見たらきっとこの青年は「犬」以外の何者にも見えないかも知れない。
 大きな尻尾をゆらりと振って、ご主人様の帰りを待つ。

 ―が、しかし如何せん、人間であるからして。
 言葉と指というものを持っているからして。
 シビレを切らしてとうとう、電話をかけようと起き上がった矢先。

 プルルルルル―!

 待ちに待った福音が鳴り響き、喜び勇んで受話器を手に取れば。
 愛しい人の声がするりと耳に入り込んでくる。


「すまんっ…今、出たとこだ…」
 その言葉がその先、どう紡ぐのかなんてどうでも実は良くって、もう声だけ聞ければ嬉しいのだから、相当“恋人欠乏症”に陥っていたのだが。


「一時間後に、空港に着けるはずだから…」
 荷物を持ってきてくれ―と。


 とんでもないご褒美をくれたりするから、やっぱりご主人様が大好きなんだと、犬のような青年は雄叫びをあげたりするんです。


 その返事は「ワン!」だったか、何だったか…。
 それは二人だけの秘密?



 ああ―だからやっぱり貴方のことが好き。
by kaoru_ichijyo | 2006-05-01 23:43 | 空我

愛しい君に


by kaoru_ichijo